あなたがたの髪の毛まで
岩島忠彦
（２０１７・６・２６ 年間第１２主日：エレミヤ２０・１０～１３、ローマ５・１２～１５、マタイ１０・２６～３３）
マタイ１０・２６～３３
「人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである。わたしが暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。耳打ちされたことを、屋根の上で言い広めなさい。体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。」
「だから、だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は、わたしも天の父の前で、その人をわたしの仲間であると言い表す。しかし、人々の前でわたしを知らないと言う者は、わたしも天の父の前で、その人を知らないと言う。」
今日の福音を通してキリストが私たちに語りかけられる言葉に耳を傾けましょう。まず言われます――「人々を恐れるな……、暗闇で言うことを明るみで言いなさい」。真実は常に一つであり、常に変わるものではないと言われています。世間の人々の言ったりしたりすることは状況によって変わったりする。あなたがたはそのようであってはならない。常に変わらない真実に留まりなさい、そしてどのような状況においてもぶれることがあってはならない、と。更にその真実とは神さまご自身の真実であると言われています。それは単に冷たい真理ではなく、深い愛に満ちた真実です。キリストは言われます――「二羽まとめて売られているような雀の一羽でさえ、天の父の完全なご保護の許にある」と。ましてあなたがたは多くの雀より尊いものである。実に、「あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている」。
この最後のキリストの言葉は、私が高校生で本気で聖書に向かい合った頃からずっと記憶に残っている言葉です。誰が私の髪の毛の数を正確に知っているでしょうか。自分をずっと育んでくれた母親でさえも私のすべてを知ってはいないでしょう。しかしキリストは言われます――あなたがたの天の父は、あなたのすべてを知り、理解し、大切に思って下さっている、と。これほど大きな愛と信頼を神さまに対して持つことができるのは、キリストの教えがあるからです。
キリストは福音をもたらされました。彼の言葉はすべてご自分の父、つまり神ご自身についての教え、それもその無限の私たちに対する慈しみについての教えに尽きます。キリストはご自身については何一つ説くことをせず、ご自分の父である神さまについてのみ語られました。これほどまでに確固とした態度で揺るぎない確信をもって、神さまの私たち人間に対する愛を説いた方が他にあるでしょうか。それができたのは、キリストご自身が「上からの方」、神の御子であったからでしょう。
最近ある信者さんに聞かれたことがあります。「なぜイエス・キリストを信じるのですか。どこが仏陀や他の宗教家と異なるのですか」と。大きな宗教家や教祖たちの教えは、たいてい深く尊い真理を伝えています。しかしそれらは、言わば私たちの歩むべき道、模範のようなものを指し示しています。どのように生きればより誠実で、人間らしく歩めるのか、それを示しているように思います。人が歩んで行って到達できる最終的境地のようなものを示し、他の人々もそれについてくるようにと誘います。キリストも同じような側面を持っています。だから彼も言います、「私は道である」と。しかし彼の場合はそれに留まりません。「私は道であり、真理であり、生命である」と言っておられます。つまり道であると同時に、真理・生命そのものであるとも言っておられるのです。更にまた、「私を通らなければ誰も父に至ることはできない」とも言われます。だからキリスト教では、キリストを神と人間の「唯一の仲介者」であると言っているのです。
他の宗教家は神仏に向かう正しい人の態度を「道」として示します。しかしキリストは神さまからの我々に向けてのメッセージをもたらしておられます。だからキリスト教は昔から啓示宗教、つまり神の側から示し明かされた教えであると言われているのです。そのため、私たちの教えには、人が考えて到達できる知識をはるかに超えたものがあるのです。例えば三位一体――神は父と子と聖霊、すなわち三つのペルソナであるが、神の実体は一つである。こんな類例はこの世のものには見出せません。ミサにおいてキリストの最後の晩餐を記念して一つのパンをいただくとき、今この時点で生けるキリストがここに現存し、私たちは彼と一つとなり、キリストの体となると信じています。こんな法外な信念を奉じている宗教が他のどこにあるでしょうか。
キリスト教は多くの宗教の一つではありません。キリスト教はイエス・キリストに全面的信頼を置く者の集まりです。キリスト教徒はキリストを神を知り、それをご自分の父と呼び、その私たちへの無条件な愛を説かれたイエス・キリストを信じ、彼を神の独り子であると信じる者たちの集団です。
「あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている」というみ言葉を私は今も変わりなく信じています。天の父がそこまで私を知り尽くし、大切にして下さっていることを。そしてその信念は、自分がイエス・キリストの福音を信じているからです。